2005年6月11日土曜日

ちゃんとオチをつけてくれた優しい妻

 まいどーも、よしばです。


北朝鮮編もこれで最後です。長くて恐縮です。


平壌最終日の夜、アヒルの焼肉の夕食も終わりホテルに帰ってしばらくすると、
妻が「気持ちが悪い」と言い出しました。

その夜はトイレとベッドを行ったりきたり。

帰国日である翌朝も気持ち悪さは止まらず、午前中のショッピングも私たちだけ
キャンセルし、空港に向う前にホテルに迎えに来てもらうことにしました。

ホテルから空港に向うバスの中でも、彼女は朦朧としながらも「瞳に焼き付ける」
と言って、窓からしっかり景色を凝視しておりました。

空港でもフラフラなのですが、私に抱きかかえられながらも売店に行って
「律動体操CD」や「アリラン祭ビデオ」などを買い求めます。
すごい根性です。顔面蒼白です。

帰りは行きと逆ルートで、平壌→瀋陽(高麗航空)・瀋陽→大連→関空
(全日空)・関空→羽田(全日空)と、乗り換え2回経由1回と計3回も
乗り降りを繰り返さねばなりません。

全行程約8時間です。特に関空での乗り継ぎの2時間が妻にとってはキツいです。
「直行便だったら2時間かからないのに・・・、フザケンナ~」と妻の口から
力なく文句が漏れます。


息も絶え絶え羽田に着陸して降りるとき、妻が機内誌「翼の王国」を手にとって
「これ持って帰っていいよね~」と力なく言いました。

そのときなぜか私は「でめぇ~、この期に及んでナニ言ってんだぁ~。
少しでも荷物軽くして楽にならにゃいけんのに。早よ降りろ~!!」と
ブチ切れてしまいました。

今思うと、理由なき怒りだったのですが、だいぶ看病疲れというかなんちゅーか、かなりイライラしていたのでした。

ちょっと気まずいまま空港の通路を二人で歩いておりました。妻が「トイレ
行きたい~」と言うので、通路途中にあるトイレに連れて行きました。

5分以上経ってもなかなか出てきません。先ほどの怒りがまだ持続していて、
トイレの中の妻に向ってだいぶイラついた感じで「大丈夫か~。誰か呼ぶか~」
と言うと、「たぶん大丈夫だから先行ってて~」と力なく声が返ってきました。

「もう知らん!!」と思い、私は階段を降りて通路をスタスタ歩いて行ったの
ですが、やはり心配は心配。途中で引き返してトイレの前に戻りました。


後日に妻曰く「あの時、オットの愛情の限界を知った」と言われてしまいました。
・・・・・

人気のないトイレの前の通路で待っていると、2回ほど警備員さんから
「どうかしましたか?」と声を掛けられます。夜遅く人気のない通路の女性
トイレの前でウロウロしている男なんて怪しいに決まっています。

トイレの入り口には監視カメラがあり、このまま入ると変態扱いで警備員が
スッとんで来るとは思いました。しかし10分経っても出てこないこと、他の
お客さんはいないことがわかっていたこともあり、意を決して女性トイレに
侵入。

個室をノックして妻に「誰か呼ぶか~」と優しく言うと、妻が扉を開けて
床に座り込んでいます。

「出れないの~」

こりゃー本格的だ。一瞬逡巡しましたが、意を決して近くの警備員を大声で
呼び、救急車を呼んでもらいました。

そのときの写真がこの写真です。
羽田から救急車で
ストレッチャーに乗せられて、空港の通路を行く妻。この後も通路や救急車、
病院の中で苦しむ妻を、去年のお礼のつもりで撮りました。


去年上海に住んでいたとき、妻に誘われて入った喫茶店(南京西路)の
下水コーヒーフロートを飲んだ夜のこと。急激な腹痛がおこり、タクシーで
妻に華山病院に連れて行ってもらったのでした。

その際に一般病棟から外人用でもある特別病棟まで、華山路をガタガタと
車椅子で搬送される際に痛い腹を抑えて前かがみになりながらも、こんないい
ネタはないと思い、
「写真撮ってくれぇ~」と力なく妻に懇願したのでした。



最後に、なかなか出てこない私たちの荷物をターンテーブルから取って出口で
ずっと待っていてくれ、最後は救急車で空港を出るまで見送ってくれた
KACツーリストの添乗員・朴さんに心から御礼を申し上げます。

次回朴さんに会うだけでもツアーに参加したいと思うくらい、エロ話から
危険なギャグまで、本当に楽しませていただきました。みなさまに
強くお勧めいたします。


それと「話には必ずオチがなければならない」と常日頃強く訴える妻。ちゃんと
自ら体を張ってこの旅行のオチをつけてくれました。ありがとう。


ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

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高尾駅ホームの弾の跡

 こちらは中央線高尾駅1番2番ホームの弾の跡。こちらは航空機から射出された弾は旧レール製の柱を貫いている。沿岸の都市だけではく、内陸の八王子まで空襲されるとは驚いたことであろう。こちらも駅の再開発でどうなってしまうのか。保存されるのであろうか気になる。